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こんな読み方はキライですか?

話題は<あなたってSS読んで、何を感じてるの?>ということです。

まず警告しておきますが、この記事はかなり攻撃的でしかも「蛮天丸」というたったひとりの主観で書かれたものです。
この記事に対して批判がきても問題ないというか、攻撃的な書き方をしている時点で誘っているようなものです。

でも、気分悪くなりたくないなあ、と思う人はさっさとこのページを閉じてしまいましょう。
腹を立てるということは基本的に良いことではないと思います。
冷静なままでいられたり、一度は腹を立てても深呼吸して落ち着ける人であれば、多少は大丈夫でしょうけれど、拍手喝采したくなるような記事ではない、と思うのです。

さて、そんな警告があっても読みたいと思う方は、続きをどうぞ。




















極端に言いますと、「キャラが可愛い」とか「あそこの絡みが好きだった」といったSSの感想をツイッターでちらほら見かけるたび、「あー……」と何とも言えない気分になるのです。

いわゆる「萌えるためのSS」でそういう感想なら、全然気にしていないんですけれども。
でも、単純に萌えるだけじゃないSSというのも、ネットに結構な数がある(と私は思っている)のですが、それに対してもキャラの絡みとかそういう感想で終わっちゃうのか……と首を傾げることがあります。

もっと色々感じるもの、あるんじゃないの?


ちょっと話題がそれます。
短いながらも今まで人間として生きてきて、自分の生き方に影響を与えた作品はいくつかあります。
商業誌でいうと、『ルドルフとイッパイアッテナ』・『星の王子様』・『スプートニクの恋人』が該当します。
で、もうひとつ「これは外せない!」という作品があって、それが創想話に投稿されている『ジサツのための108の方法』という超長編SSなのです。

およそ一年前に読んで、ものすごいショックと感銘を受けて。
最近、改めてこの作品を読んでいます。

言い方は悪いですが、欠点はたくさんあります。
文庫本でたぶん800ページ以上になるのに、それをパソコン画面1ページで表示させる不親切さ。
いわゆる文学的な表現とは遠い文章。
全年齢対象のはずなのに、ギリギリすぎる性的表現。
蓮子とメリーの心理の動きの強引さ……などなど、挙げればキリがないかも。

でも、そんな欠点がどうでもいいと思えるくらい、この作品には渦巻く何かがある。
それを何と表現すればいいのかわかりませんが、とにかく自分の人生観には大きく影響を与えるものです。
そして、これを読んでから自分の書きたいものが明らかに変わったのも感じています。


あくまで私の推測でしかありませんが、この作品で蓮子が見る世界というのは、この作者さんが見た現実の世界を色濃く投影したものだと思うのです。
現実が嫌で嫌でたまらない……という気持ちが蓮子を通して、こっちにまで滲んでくるように感じていました。
だから、読んだ当時は、これって作者さんの話なんだろうなあ、とシンプルに思っていました。

でも、最近そうじゃないかもしれない、という考えが頭をもたげています。

「これって、蓮子や作者さんの物語ではなくて、今この作品を読んでいる自分の物語かもしれない」


私は自殺を図ったことはないし、クスリやレイプの経験もありません。
精神病院だって一度も入ったことないし、看護の現場さえも見たことがありません。
この作品で語られる蓮子とほぼ正反対の生き方をしてきたかも。
だけど、私はこの蓮子の思うこと、してしまうことに深く共感してしまうし、それどころか自分がまるで蓮子と同じことをしているようにさえ感じられるのです。

あまりはっきりとは言えませんが、私の中にもきっとこの蓮子と同じ世界の見方をしている部分があるんだろうな、と思うようになりました。
現実って人の悪意に満ちてると思うときもたまにあるし、好きな人に好かれていればあとは何にも要らないと思うときもたまにあります。
もちろん、実際には悪意だけではなく、善意もたくさんあるのを知っているし、苦手な人とも付き合わなければならないときもあるということも知っている。

だけど、だからといって、この蓮子が自分とはまったく無関係の、ひどいクズだと切り捨てることが、私にはできない。
この蓮子はそういう自分の、一部分が現れたものなのかも……と感じるのです。

そうやって自分と蓮子を重ね合わせてしまったとき。
途端にこの作品は「蓮子の物語」ではなく「自分の物語」となって襲いかかってくる。
フィクションでありながら、現実の自分を呑み込むような物語。
こんな衝撃を覚えたことは、先に挙げた商業誌でもありませんでした。

だけど、それは私個人の感覚で、私個人の読み方に過ぎません。

こういう読み方って、やっぱりナシですか? 気持ち悪いですか?
東方の二次創作「程度」だから、やっぱりキャラが可愛いって言えばいいのでしょうか?
いや、二次創作だろうがなんだろうが、それはひとつの物語だから、これくらい呑み込まれるような読み方をしてもいいと、私は思うのですが……。


最近、大きく分けてふたつの読み方を心がけています。
ひとつは「物語の技術」みたいなところです。割と書き手視点。
文章力とか、構成力とか、人物造形とか、そういったこと。
<書き手>としてはこれは大変大事なことです……。
これができないと、ここから先の話題に発展することがほぼありえません。
でも、読み方としては多数ある視点のうちのひとつです。

もうひとつが「物語からの世界の見方」……と言えばいいのでしょうか。
さっき挙げた作品でいえば、主人公の蓮子から見た世界の在り方みたいな。
「テーマ」という言葉でもいいのですが、たまにヤマなしオチなしイミなしの話でもふっと感じるときがあるので、とりあえずこんな言葉にしています。
その「物語からの世界の見方」って、いかに物語を自分と重ね合わせて感じられるか、ということに近いと思います。


身の回りでは「物語の技術」を見る読み方が多いように見えます。
「あのキャラが可愛い」「この心理描写は自然」「この解釈は新しい」などなど。

でも、読み手としては「物語からの世界の見方」というところも、もっと語られていいんじゃないかなと思います。
「この現実はどうしようもなくて、もしかしたら自分は死ぬしかないんじゃないかって、真剣に思っていましたけど、でもこの作品のおかげでせめて光を見つけるまでは死ぬまいと決意しました」って感想で言っていいと思うんです。
(この例は良くないかも……)

せっかくキャラが可愛いだけじゃないSSがたくさんあるのに、キャラばかりに目を向けてそこを語るに留まってしまうのがもったいないと思うのです。
あるいは物語技術について言及するけど、テーマについて何も言及されないのも、「技術はその先のテーマのために存在してるんだから、そっちにも触れようよ!」とも思う。

「もう少しだけ自分と物語を重ね合わせて、素直に感じて想う読み方があってほしいなあ」と思う今日この頃です。



そんなこんなで、こういう読み方増えてほしいというわがままを、いかにも理屈っぽく語ったわけです。
正直、書き手としての自分のエゴが入っているのは否めません。
自分の書いた話の感想が「◯◯可愛い!」の一言で終わってしまうのは、かなり悲しい。
ただ、これに関しては「物語の技術」で私が力不足なだけだと思うので、「他に思ったことないの?」と言うことができません。

でも、他の人の作品で私がひどく感銘を受けて、でも他に読んだ人とうまく語り合えずに寂しい思いをすることもあって、この記事を書いてみました。

長々と申し訳ありません。
「あんまり感情的になってものを書くな!」と、じっちゃん(だっけ?)から言いつけられたことを一度破ってしまいました。
これからはこういうのを書かない努力をしていきます。


かしこ。(結びの言葉がうまく見つからなかった……)

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まるでお粗末な箇条書きだ

>自分の書いた話の感想が「◯◯可愛い!」の一言で終わってしまうのは、かなり悲しい。

ならば一次創作物のキャラクターへの興味を読まれるための担保としている二次創作ではなく、オリジナルでやったらいいのではないだろうか?
それについての見解を是非お聞きしたい。

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プロフィール

蛮天丸

Author:蛮天丸
物書き。
東方プロジェクトの二次創作小説を中心に、
好きなものを好きなように書いています。
最近は秘封がお好き。
秘封処女膜合同の主犯(siroito.web.fc2.com/maidenhead/)だけど、処女じゃないよ!
アイコンは一条さんからお借りしました。

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