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アメリカの夢と現実

アメリカ出張中に二つ、映画観てきました。
二つの感想を同時に書くって初めてかもしれない。

偶然観た二つですが、個人的に興味深い対比や共通点があり、
そこにアメリカという国の「つらさ」を見たような気がします。
アメリカンドリームの、つらさ。





まず、「サタデーナイトフィーバー」。
東方界隈のひとなら、衣玖さんポーズでお馴染みでしょうか。
映画の古典中の古典なんて言われているらしいです。


このポーズですね。

今から40年ほど前、1970年代のニューヨークが舞台。
主人公はニューヨークのブルックリンに住むトニー19歳。
将来の夢もなく、ペンキ屋で働きつつ、悪友とつるみ、
週末のディスコでのダンスでフィーバーする若者です。
そんな彼がディスコでステファニーという女性を
見かけたところから物語が動き出します。

ステファニーはマンハッタンに住む女性。
将来設計を持って、大学を卒業したひとです。
トニーは彼女とダンスコンテストに出場すべく誘うのですが、
なにしろ、基礎教育や価値観の違いが歴然。
「あくまでダンスだけ」という関係で一緒に組むことに。

そんな中で二人の周囲の「つらさ」が描かれることになります。
トニーであれば、元カノとのセックスだったり、
悪友の女性問題だったり、スラムの敵対グループとの闘争だったり、
父親の失業だったり、弟の問題だったり。
そして、ステファニー自身も、すべてが順調ではない、
そんな怪しさが彼女の周囲から暗示されています。

それでも二人は練習を積み重ね、ダンスコンテストで優勝します。
二人の夢はここで叶ったように見えました。
でも、そうではなかったのです。
トニーはコンテスト2位のペアに完敗したと感じ、
1位の座を自分勝手に返上してしまいます。

さらに自暴自棄でステファニーに迫るも拒絶され、
その夜には半ば故意に悪友が事故死してしまう。
彼が今まで大事にしていたものが、
たった一夜ですべて壊れてしまいます。

それでも、最後にもう一度ステファニーに会い、
「友達としてやり直そう」と二人で約束する。
そんなかすかな救いが描かれたところで物語は終わります。

この物語で印象的なのは、トニーとステファニーの対比、
つまり、マンハッタンとブルックリンの対比であり、
ひいてはアメリカの格差社会の描き方でした。

そして、1970年代という社会情勢。
アメリカはベトナム戦争で苦しみ、経済の停滞期にあたります。
それでもディスコ文化が隆盛期にあり、
当時のポップカルチャーの勢いを感じることができます。

  ◆

さて、もう一つの映画「ララランド」。
アカデミー賞ではまさかの事故で受賞を逃してしまいました。


これもポーズが象徴的。

この物語の舞台はロサンゼルス、ハリウッド。
女優を夢見るミアと、理想のジャズクラブを持つことを夢見るセバスチャン、
二人の主人公の物語が描かれます。

二人の出会いは決していいものとは言えませんでしたが、
何度も会ううちお互いの夢を知り、やがて愛し合う関係になります。

しかし、二人の夢の実現にはお金が必要でした。
そして、二人とも安定した収入を得られる家計ではありませんでした。
ここに二人の「つらさ」がありました。

セバスチャンは安定収入を得るため、
自分の理想と違う音楽のバンドのメンバーになり、ツアーで各地を飛び回るように。
ここから二人の関係がこじれていきます。
セバスチャンに夢をあきらめたのかと問い詰めるミアも、
何度もオーディションに落ち、
思い切って開催した一人劇も失敗に終わり、心が折れてしまいます。

しかし、一人劇の開催は結果的にミアのビッグチャンスとなりました。
偶然劇を見ていた映画キャスティングディレクターが、
ある映画の大作に彼女を起用することになったからです。
同時に、それは二人の生活が終わりも意味していました。
お互いの夢に専念するなら、一緒にいることはできないからです。
二人は「愛している」と誓いながら、別れることを決断します。

時は経ち、物語終盤でミアは大女優となっていました。
一方、セバスチャンも自分のジャズクラブを開き、お客さんを集めていました。
二人とも、別々ではありますが、自分の夢を叶えたのです。

ただ、ミアは別の男性と結婚し、子供も出産していました。
そんなミアが旦那とのデートで偶然セバスチャンのクラブに入ります。
ミアとセバスチャン、二人は最初で最後の再会を果たすことになるのです。
「もしあのとき別れていなければ」という幻想が、
二人の中を巡るところで、物語は締めくくられます。

この物語の印象的なところは、
「夢を叶えるためにお金が必要だ」というシンプルな現実。
格差社会が叫ばれるアメリカにおいて、
その現実が端的に描かれたのは、やっぱりアメリカらしいと思います。

そして、ロサンゼルスのハリウッドという夢の舞台。
映画もポップカルチャーの象徴ですが、
アメリカの華やかさを極めたイメージがそこにはあります。
しかし、やはりそれは「夢」の舞台であり、
その裏にある「現実」は容赦ないものでした。

  ◆

さて、それぞれの映画の感想を並べてみると、
対照的な部分はかなり多いと思います。
東部と西部、ディスコとジャズ、時代背景。

しかし、共通点が昔から今も変わらないことを
つくづく実感させられます。
それは経済格差という現実、そしてアメリカンドリームという夢。

私の中にもぼんやりと、アメリカンドリームのイメージがあり、
それはかなり無条件でいいものと考えています。
しかし、それを叶えるために必要な現実は、
経済格差をはじめとして、いろんな社会問題を孕んでいる。

こうした「つらさ」を乗り越えなければ、
ドリームを手に入れられないのかもしれない。
この二つの映画で、私はそんなことを感じていました。
アメリカという国の難しさを、また感じたような気がしています。

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プロフィール

蛮天丸

Author:蛮天丸
物書き。
東方プロジェクトの二次創作小説を中心に、
好きなものを好きなように書いています。
最近は秘封がお好き。
秘封処女膜合同の主犯(siroito.web.fc2.com/maidenhead/)だけど、処女じゃないよ!
アイコンは一条さんからお借りしました。

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