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徒然映画録 『バケモノの子』 ~熊徹が父親になるまで

公開から2週間過ぎましたので、もう感想を書いても大丈夫でしょう。
細田守監督作品『バケモノの子』観ました!



細田守ファンとして今回も存分に期待していましたが、
予想以上にのめり込む映画でした。
やっぱりというか、第二の主人公の熊徹に猛烈に感情移入していました。






知人にも言ったのですが、この映画は男の子の映画だと思います。
もちろん、女の子が観ても楽しいのですけれど、
それ以上に男の子と父親の関係は、
父親に相対した子どもこそ、深く共感できるのではないでしょうか。

けれど、このお話は単なる「父と子」の話ではありません。
予告編ではどう見ても熊徹が父親的な役割を担っているので、
よくある父子の物語だと思っていたのですが、
なんと、物語の中盤で、九太(蓮)の本当の父親が現れるのです。
熊徹が九太の父親とばかり思っていた私は、
見事にその先入観をひっくり返されました。

そして、最終的にこの物語で「蓮」の父親は本当に父親として、
蓮と一緒に暮らすことになります。
「やり直す」という言葉通りはいかないけれど、
最後にビルが建設中だという描写があるのがその暗喩でしょう。

そうしたら、熊徹はどうなるのでしょう?
熊徹は九太の父親ではないのでしょうか?
実際、そう思わせるような描写はいくつかあります。

まず、この物語のクライマックスで熊徹は
「胸の中の剣」になって九太の中で生きるという選択をし、
本人の実体は消えてしまう。
師匠としてはいかにもな行動ではありますが、
父親としての役割とはだいぶ違うような気がします。

また、一郎彦と九太の対比からも同じようなことが言えます。
一郎彦は、彼の育ての親を父親だという幻を植え付けられ、
バケモノになれないというギャップに苦しみ、闇を抱えてしまいます。
九太も闇を抱えているのですが、それは一郎彦とは異なる種類でした。
九太は熊徹のことを「父親」とは別の軸で見ているからこそ、
一郎彦と同じ闇を抱えなかったのです。

熊徹が九太の「父親」というには、上のような理由からも言い切れないのです。
けれど、「蓮の父親」も父として理想なのでしょうか?
私にはそうは思えません。
肝心なときに帰ってこないで、都合よく蓮とやり直そうとする、
無意識にもずるい父親なのだと感じていました。

これは「お父さんは子どものためにがんばるぞ!」という
単純なお話ではないと思うのです。
理想のような熊徹は父親でないという否定があり、
同時に本当の父親は感情的には「ずるい父親」のように思えてしまう。
「父とは何か?」を改めて問いかけている物語ではないでしょうか。

でも、この思考を踏まえてあらためて、
私は熊徹がひとりの父親であったと言い切ってしまいます。
「おおかみこどもの雨と雪」で花が一人の人間であることが描かれたように。

熊徹は美味しい料理も作れないし(母親の影がたまに出たりする)、
すぐに怒るし、教え方は下手だし、ぶっちゃけ暇人です。
九太の文句はことごとく正しい。(だからこそ熊徹は怒って追い回すのでしょうね)
熊徹は「男は父親の背を見て育て」という古典的な父親像を持つ人物です。
でも、彼にも両親や師匠がいませんでした。
古典的な父親像を抱く人は、
ひょっとしたら孤独感も抱えていたのではないでしょうか?

対する九太は、熊徹に物怖じせずに文句を言うし、修行で熊徹を教えたりもする。
何かと言えば悪口の言い合い。
熊徹を恐れることなんてないように見えます。
でも、ダメ親父に反発しながらも強く育っていきます。

逆に父親に従順なのは、中盤から登場する楓です。
彼女はものすごく恵まれた環境で育った優等生。
けれど、親の言いなりになっていることに反発して、
「私は私以外の何者でもない」と蓮に吐露しています。
親(熊徹)に反発できる蓮を羨ましいとさえ言うのです。
つまり、父親に反抗できない子供の悩みを抱えている人物なのです。

父親に素直でない子どもと、父親に素直だけれど悩みを持つ子ども。
どちらが幸せかなんて、この映画ではもちろん、答えを出していません。
けれど、一郎彦も含めて、こうした対比は
間違いなく熊徹をひとりの「父親」として描き出そうとする試みなのでしょう。

そして、最も大事なのは心の闇を埋めたのが「胸の中の剣」であることです。
「胸の中の剣」が何かは熊徹はとうとうきちんと言えませんでしたが、
見事に自らが剣となって九太に「背中で語った」のです。

「胸の中の剣」は何か――おそらくいろんな解釈があると思いますが、
私は「戦う力」なのだと思っています。
「暴力はダメ」だが、「剣を取らな」くても現実に立ち向かう力。
「居場所はねえよ」と言い放たれた九太が、それでも生きようとした意志。

父親はまさに「胸の中の剣」を持って現実の中で戦っているんだぜ。
熊徹は私たちに「父親」として、そう伝えたかったのではないか?
この物語のことを思い返すたび、少しばかり勇気が出るのです。

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プロフィール

蛮天丸

Author:蛮天丸
物書き。
東方プロジェクトの二次創作小説を中心に、
好きなものを好きなように書いています。
最近は秘封がお好き。
秘封処女膜合同の主犯(siroito.web.fc2.com/maidenhead/)だけど、処女じゃないよ!
アイコンは一条さんからお借りしました。

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